賃料(家賃)増額請求・調停編

はじめに

賃料の増額を請求したものの、賃借人との間での協議がまとまらない場合、賃貸人が、裁判所に賃料の増額について審理してもらうためには、裁判所に賃料増額の調停を求めることになります(民事調停法第24条の2第1項、調停前置主義)。民事調停の申立てをせずに訴えを提起した場合、裁判所は、その事件を調停に付さなければならない、とされていますので、賃料の増額を求める場合、民事調停を行わずにいきなり訴えを提起することができません。

ただ、例外も予定されていて、裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは、そのまま民事訴訟事件として審理される(同条第2項)ことになっています。実際には、いきなり訴訟を提起しても、ほとんどのケースでは、調停に回されてしまうと思います。

申立て手続き

民事調停の申立て手続きについては、裁判所のウェブサイト(千葉簡易裁判所のページ)のPDFファイルに詳しく説明されていますので、そちらも参照してください。リンクは以下の通りです。

https://www.courts.go.jp/chiba/vc-files/chiba/file/kansai3-6-1kisairei.pdf

なお申立書のテンプレートも裁判所のウェブサイト(千葉簡易裁判所の以下のページ)から、ダウンロードできるようになっています。

申立て等で使う書式例(千葉簡易裁判所) | 裁判所
裁判所のホームページです。裁判例情報、司法統計、裁判手続などに関する情報を掲載しています。

上記のページから、簡易裁判所に提出する各種の書面のテンプレートをダウンロードできるようになっています。上記のページ内を「調停申立書(賃料等)」のワードで、そのウェブページ内を検索するとダウンロードボタンのあるところまでジャンプできます。

民事調停手続きの流れ

賃料増額請求調停は、その他の民事調停と同様に、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目指します(民事調停法第1条)。

当事者双方がお互いに意見を述べつつも、このような解決を目指し、自らの主張をそれぞれ譲歩し、早期に解決することができれば、当事者への負担は、少なくて済みます。

たとえば第1回の調停期日で、お互いが納得する金額に変更することに合意することができれば、時間も、労力も、精神的な負担も軽く済みますので、理想的ではあります。

なお調停で当事者間に合意が成立し、調停調書にその旨が記載されると調停が成立したものとし、裁判上の和解と同一の効力を有するものとされています(民事調停法第16条)。

しかし実際には、調停申し立て前に、当事者間で協議しても、合意できない場合に、調停を申し立てるわけですから、簡単に合意に達するということはほとんどないのではないでしょうか。

調停に代わる決定

裁判所は、調停が成立する見込みがない場合、調停委員の意見を聴き、当事者双方のために衡平に考慮し、一切の事情を見て、職権で、当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で、事件の解決のために必要な決定(調停に代わる決定)をすることができるということになっています(民事調停法第17条)。

この調停に代わる決定に対しては、当事者又は利害関係人は、異議の申立てをすることができます(同法第18条第1項)。異議申立ての期間は、当事者が決定の告知を受けた日から2週間です。

適法な異議の申立てがあると、調停に代わる決定は、その効力を失います(同条第5項)。

所定の期間内に異議の申立てがないときは、調停に代わる決定は、裁判上の和解と同一の効力を有することになっています(同条第6項)。

(私の意見ですが、実務では、賃料増額調停では、この調停に代わる決定をもっと積極的に活用してよいのではないかと考えます。月額数万円、あるいは数千円の賃料の増額について取り決めるのに、数か月にわたって、しかも何度も裁判所に足を運ばなければならないというのは、合理性が乏しいです。たとえば、第一回までに双方が書面で主張を尽くし、対面で話し合うのは一度で十分ではないでしょうか。それで金額が決まらないのであれば、調停に代わる決定を出すということでよいように思います。あるいは制度改正が望まれます。)

鑑定意見書

賃料増額請求調停では、不動産鑑定士による鑑定意見書等の提出を求められることがあります。

申立人(賃貸人)からも、相手方(賃借人)からも鑑定意見書を提出させて、調停案が提示されたり、調停に代わる決定をしたりします。

しかし不動産の鑑定意見書は、作成するだけで、50万円程度、事情によっては100万円以上の実費を調停の当事者が自己負担する必要があり、気軽に作成、準備することはできません。当事者双方がそれぞれ異なる内容の鑑定意見書を提出する場合もあります。間を取った金額となることもあれば、どちらか一方の鑑定意見書の金額に近い金額となることもあるようです。

しかし鑑定意見書の作成手数料が高額であることや、当事者双方に提出させて、結局、裁判所が中間をとなることもあることを考えると、少額の賃料増額請求調停事案でも常に当事者に鑑定意見書を提出させるのは適切ではないのではないかと思います。

調停の終了

調停委員会は、当事者間に合意が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合において、裁判所が調停に代わる決定をしないときは、調停が成立しないものとして、事件を終了させることができるとされています(民事調停法第14条)。裏を返せば、当事者が合意に達しない限り、調停委員会が、当事者間に合意が成立する見込みがないと判断するまで、調停期日を重ねるということになります。

調停委員会が、当事者間に合意が成立する見込みがないと判断した場合など、調停が不調(不成立)となり事件が終了した場合、又は調停に代わる決定に対する異議申し立てがあって調停に代わる決定が効力を失った場合は、賃貸人は、賃料増額請求の訴えを提起することになります。申立人(賃貸人)が調停不成立などで事件が終了した旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となった請求について訴えを提起したときは、調停の申立ての時に、その訴えの提起があったものとみなされます(民事調停法第19条)。

調停委員会が定める調停条項(民事調停法第24条の3)

賃料増額請求調停事件については、調停委員会は、当事者間に合意が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合、当事者間に調停委員会の定める調停条項に服する旨の書面による合意(当該調停事件に係る調停の申立ての後にされたものに限る。)があるときは、申立てにより、事件の解決のために適当な調停条項を定めることができるということになっています(民事調停法第24条の3第1項)。

調停に代わる決定と違い、この調停条項は、調書に記載したときは、調停が成立したものとみなし、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有するとされている(同条第2項)ので、不服があっても異議申し立てすることができません。

これは当事者としては非常にリスクが大きいです。

特に賃貸人は、賃借人が定められた賃料を支払うなど、基本的な義務を履行している限り、一方的な事情で、賃貸借契約を解消することができませんので、さらに近隣相場が上昇するなどの事情変更があるまで、その結論に拘束されます。そのため当事者としては、制度の利用には躊躇を覚えると思います。

ただ他方で、調停が不成立となり、民事訴訟手続きで結論が出るまでに、時間と労力、費用がかかることを考慮すると、より早期に終局的解決を図れるというメリットがあります。

賃料増額調停の実際

民事調停手続きは、1から2か月に1回程度の頻度で期日が開かれ、当事者(又は手続代理人)が平日の指定された日時に、裁判所に出頭する必要があります。

通常、当事者に交互に意見を聞くため、1から2時間程度、時間拘束を受けます。

審理期間は、事案により異なりますが、実際上1年程度、あるいはそれ以上となることも少なくないと思います。

主張をまとめた書面を作成提出することは必須ではありませんが、主張内容を調停委員になるべく正確に理解してもらうために、事実上、主張書面を提出することが求められると思います。

また申立人(賃貸人)としては、賃料の増額が相当であることを裏付けるために、近隣の同種物件の賃料相場を裏付ける書面(証拠)を提出するのが通常ですし、物件価格が上昇していること、固定資産税額が増額されていること、物価上昇、その他の経済情勢の変更等の事情変更を裏付ける証拠を提出するのが通常です。

民事訴訟手続が、時間、費用、労力の負担が大きいことや、賃料増額請求は、勝訴したとしても経済的なメリットが小さいことからすると、多くの場合は、調停、または調停に代わる決定で終了していると思います。

ただ当事者の一方、または双方が、譲歩の姿勢を示さない場合は、民事訴訟手続に移行するほかありません。

民事訴訟に移行し、判決で増額が決定すると、判決確定時に、増額分と支払済みの賃料との差額を全額一括で支払う必要があります。

月額10万円の賃料が、11万円に増額するという判決が、増額請求の意思表示から2年後に確定した場合、24万円及び年1割の利息を一括で支払わなければなりません。即時に支払わなければ履行遅滞となります。履行遅滞となった場合、賃貸人は直ちに賃貸借契約を解除することができるわけではありませんが、未払期間が長くなれば長くなるほど、解除が認められる可能性が高くなります。

賃貸人としては、このような賃借人側のリスクを説明して、判決による解決ではなく、調停での解決のために譲歩するよう説得を試みることになります。

賃料増額請求調停の問題点

賃料増額請求の調停手続きは、一時使用のために建物の賃貸借を除く、すべての建物賃貸借契約について、すべて同じ手続きで進められます。

テナント料500万円の商業施設の賃料を5%上げる場合も、家賃月額5万円のワンルームマンションの賃料を5%上げる場合も、同じ手続きで運用されています。

前者では月額25万円、年間では300万円の増額となるのに対し、後者では月額2,500円、年間でも僅か3万円に過ぎません。

年間300万円の増額を求めるために、1年間、費用と労力をかけて争う意義はあるかもしれませんが、経済的な合理性の観点からすれば3万円のために、同じ費用、労力をかけて争うことはできません。

平日の日中に、数時間、裁判所で待機することを余儀なくされ、しかもそのような調停期日が、複数回行われ、しかも1年、またはそれ以上の長期間にわたり審理が実施されるという現在の裁判実務を前提とすると、賃料増額請求調停は、実践では使いものにならないと感じている事業者(大家さん)は少なくないのではないでしょうか。

居住用賃貸物件の場合、一部の高級賃貸物件を除き、増額請求調停で争いの対象となる差額(現賃料と増額後の賃料の差額)は、大きな金額とはなりません。

家賃月額15万円の物件でも5%の増額を求める場合、年間の増額賃料は9万円です。

保険で弁護士費用の自己負担なく、手続きを利用することができるのであれば、事業者(大家さん)としては、制度を利用する動機付けとはなりますが、ただ社会全体としては、わずか年間数万円の賃料増額のために、弁護士の費用を保険で賄うというのは、やはり経済的に合理的ではありません。

わが国では、裁判所の運用で、賃貸借契約は、通常、賃貸人側の一方的な都合で、契約を解消することができないというのが実情となっていることを考えると、賃料増額請求の裁判手続きは、もっと実用的で、経済合理性に適合しているものとなっている必要がありますが、実際にはそうはなっていません。

このような状態は、制度を変えることなく裁判所の運用で、ある程度、改善することができるはずです。

たとえば、賃料増額請求調停は、書面審理を実質的な中心とし、裁判所が定める期限までに主張、立証を尽くさせて、合意形成できない場合は、調停に代わる決定をするとか、第1回調停期日までに、主張立証を尽くさせて、第1回調停期日で合意に達しない場合、調停不成立とするなど、裁判所が運用を変更することにより改善が図れるはずです。

ただ現実的には、裁判所が自ら運用を大きく変えることができるとは思えません。このような実情を変更するためには立法的な解決を図る必要があると思います。

これまで日本は約30年間、物価がほとんど上がらず、賃料相場も一部の例外を除き、下がることはあっても上がることはありませんでしたので、実務上、問題となることはありませんでしたが、この記事を書いている2023年11月の時点で、物価が上昇傾向にあることは明らかであり、賃料相場も、特に都市部や賃貸物件の供給量が少ない地域では、今後上昇していくことが予測されます。

かつてわが国では、住宅供給量が十分でなく、賃料が上がってしまい、賃料を支払えなくなると、転居先を確保することができず、路頭に迷う人が続出することが見込まれるという住宅事情だったように思われますが、現代社会では、住宅は一部地域を除き明らかに供給過剰であり、生活保護などのセイフティネットが十分に機能しているという社会情勢を踏まえると、賃料相場の上昇に伴い、柔軟に賃料を増額することができるような仕組みを実質的に保障しておくことが期待されます。

実情を踏まえた対策

事業者(大家さん)としては、わが国の賃料増額請求に関する法的手続きが上述のように、実用性が低いことや、今後、物価が上昇することが見込まれることを踏まえると、新たに賃貸借契約を締結する場合は、短期間の定期借家契約とするなどの対策を取っておくことが非常に重要になると思われます。

安い賃料の物件を数多く貸している事業者は特に注意が必要です。

賃貸借契約が継続する限り、貸す債務は免れることができず、ガス給湯器やエアコン、水回りの設備など賃貸物件に付随している設備や機器が故障し、修理する場合、交換する場合に当然のことが費用は事業者(大家さん)の負担となり、物価上昇、人件費の上昇に伴い、経費は確実に増加します。

増加した経緯費で利益を圧迫しないようにするためには、売上(つまり賃料)を上げる必要がありますが、賃料増額請求は、実務的には実現可能性が低いので、利益が一方的に圧迫されてしまう可能性があります。

早めに対策を講じておくのが妥当です。

(以上)

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