不動産賃貸借契約の保証債務に関する疑問点

疑問点1
個人が保証人となる不動産賃貸借契約の保証契約は、根保証契約としての規制を受けるか。つまり極度額を定めなければ、保証契約は無効となるのか。

結論としては、原則として個人が保証人となる賃貸借契約の保証契約は、令和2年施行の改正民法により根保証契約としての規制を受けると解されます。

法務省が作成しているリーフレットにも、次のように記載されています。

「子どもがアパートを賃借する際に、その賃料などを大家との間で親がまとめて保証するケース」について、「根保証契約に該当することがあります。」としています。

このリーフレットの記載ぶりですと、根保証契約に該当しないことがありそうですが、主債務の内容が特定されている特殊な場合を除き、通常のケースについては、根保証契約として改正民法の規制を受けるはずです。

第465条の2は、次のように規定しています。

 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

アパートの賃貸借契約の保証債務のうち、「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約」が、根保証契約として改正民法の規制を受けるということになります(保証人が法人の場合は除きます)。
通常は、賃貸借契約から生じる主債務者の一切の債務を保証する契約となっていますので、「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約」にあたります。

たとえば、主債務について、特定の期間の賃料債務に限定すれば、債務の対象は、特定されますので、主債務は「不特定の債務」とはいえず、第465条の2の適用は受けないと解釈されると思われます。この場合は、保証契約は根保証契約としての規制は受けないということになります。ただ実務的にはそのような主債務を特定の期間の賃料債務に限定するような保証契約はないと思います。そのため通常のケースについては、根保証契約として改正民法の規制を受けると思われます。

疑問点2
極度額について金額の上限はあるか。極度額をどのように決めればよいか。

この点、改正民法には上限に関する規定はありません。

そうすると契約当事者(たとえば家主)は、極度額をいくらにすればよいか分からず、目安を知りたいという要請が生じると思われます。

このような要請を念頭に、国土交通省では、「極度額に関する参考資料」を公表しています。

賃料帯ごとに、8つに分けて、損害額を集計し、中央値、平均値、最高額が掲載されています。基本的には、最高額を目安に極度額を提案することとし、保証人の候補者が難色を示すようであれば、状況に応じて減額して提示すればよいと思います。

以下、8つの賃料帯ごとに、数値のみ一覧にしておきます。

中央値平均値最高額
賃料4万円未満の物件の損害額11.5 万円17.7 万円178.4 万円
賃料4万円~8万円未満の物件の損害額19.0 万円28.2 万円346.0 万円
賃料8万円~12 万円未満の物件の損害額35.6 万円50.0 万円418.6 万円
賃料 12 万円~16 万円未満の物件の損害額49.9 万円71.2 万円369.3 万円
賃料 16 万円~20 万円未満の物件の損害額64.8 万円97.3 万円478.5 万円
賃料 20 万円~30 万円未満の物件の損害額85.8 万円126.2 万円606.8 万円
賃料 30 万円~40 万円未満の物件の損害額104.5 万円156.8 万円887.4 万円
賃料 40 万円以上の物件の損害額270.0 万円437.3 万円2,445.3 万円
疑問点3
保証契約の締結が、改正民法施行前の場合に、施行後に賃貸借契約が合意更新された際、保証契約については、改正民法は適用されず、根保証契約についての規制は受けないのか。
賃貸借契約について、自動更新ではなく、法定更新の場合は、どうか。

賃貸借契約の期間満了後に、賃貸借契約が合意更新された場合は、賃借人の債務を主債務とする保証契約(改正民法施行前に締結したもの)については、改正民法は適用されないと考えられています。

この点について、「一問一答民法(債権関係)改正」(商事法務)には、次のように記載されています。

賃貸借契約に付随して保証契約が締結されていることがあるが、保証に関する規定(新法第446条以下)の改正については、保証契約の締結時を基準として新法が適用されるか否かが定まることになる。一般に、賃貸借に伴って締結される保証契約は、賃貸借契約が合意更新された場合を含めてその賃貸借契約から生ずる賃借人の債務を保証することを目的とするものであると解され(最判平成9年11月13日参照)、賃貸借契約の更新時に新たな保証契約が締結されるものではない。そうすると、賃貸借契約が新法の施行日以後に合意更新されたとしても、このような保証については、新法の施行日以後に新たに契約が締結されたものではないから、保証に関する旧法の規定が適用されることになる。

しかし、一問一答が前提としている平成9年11月13日最判は、更新後の賃借人の債務について保証人に保証債務を負わせる根拠を「保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当」との点に求めています。つまり保証人は、保証契約締結の時点で、合意更新後の賃借人の債務についても保証することを想定していたということを前提としています。

裏を返せば、保証人は、保証契約締結の時点で、合意更新後の賃借人の債務についても保証することを想定していなかった場合は、更新後の賃借人の債務について保証人に保証債務を負わせることができないということになるはずです。

平成9年11月13日最判は、次のように判示しています。

期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。
(平成9年11月13日最判)

この最判の判旨を前提とすると次のような場合は、保証人としては更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証する意図はないものと思われますので、更新後の賃借人の債務について、当然には保証債務を負わないということになります。賃貸人としては注意が必要です。

(1)一時使用のための賃貸借等の場合
(2)定期借家契約の場合
(3)反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情がある場合

これらの場合は、保証人は、保証契約締結の時点で、合意更新後の賃借人の債務についても保証することを想定していません。そのため更新後の賃借人の債務について保証人は保証債務を負わないということになりそうです。

また一問一答がその見解の根拠としていると思われる最判は平成9年のもので、20年以上前のものですし、そもそも判例は変更される余地のあるものであること、根保証契約についての規制を新設して保証債務を限定するのがそもそもの立法者の意図であることなどからすると、更新合意の場合に、新法が適用されないとして、賃借人の債務についての保証契約について極度額を定めないままとすることには一定のリスクがあると考えます。

賃貸事業者としては、紛争を回避するために、賃貸借契約について合意更新する場合、保証契約についても改めて合意することとし、かつその合意については、改正民法が適用される可能性がありますので、保証人が個人の場合は、極度額を定めておくことが望ましいということになりそうです。

因みに、新法の施行日以後に、賃貸借契約の合意更新と共に保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された場合には、この保証については、当然のことながら保証に関する新法の規定が適用されます。この点については以下の記事もご参照ください。

賃貸借契約/保証人が更新契約書に署名した場合、令和2年改正民法が適用されるか
令和2年4月1日以降に不動産賃貸借契約書の更新契約書に保証人が署名捺印した場合、保証に関する改正民法の規定が適用されるか。 前提知識 個人が保証人となる根保証契約は、極度額を定めなければ、無効です(令和2年改正民法第465条の2第2項)。 ...続きを読む

では、自動更新については、どうなるのでしょうか。

賃貸借契約書に、いわゆる自動更新条項、つまりたとえば「契約期間満了の1か月前までに更新拒絶の通知をしない限り、本契約は2年間更新するものとし、以後も同様とする。」というような条項がある場合に、更新合意はせず、自動更新条項に従って賃貸借契約を更新させた場合(自動更新が改正民法施行後の場合)、保証契約は改正民法の規制を受けるかという問題です。

合意更新の場合は、賃貸借契約について、更新しないということがあり得ますので、保証契約については、保証人としては更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証する意図はないものと解される場合もあり得ますが、自動更新の場合は、そもそも賃貸借契約について、自動更新条項があるということになりますので、当初から更新することが想定それているということになります。保証人としては更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務について保証する意図はないという主張は成り立ちません。

そのため自動更新の場合は、自動更新が改正民法施行後であっても保証契約について改正民法が適用される余地はないとも言えます。

それではさらに賃貸借契約が法定更新された場合は、どうなるのでしょうか。

法定更新の場合は、自動更新条項がありませんので、更新は想定していないということが言えるでしょうか。

自動更新については、上記のとおり、契約書自体に自動更新条項がある場合に更新されるケースであるのに対し、法定更新は賃貸借契約書に自動更新条項がなく、契約期間の定めがあって、更新についての規定がないとか、更新については別途協議し合意すると規定されている場合に、更新拒絶の意思表示がなく、また更新合意をしていない場合に、借地借家法の規定により、更新されたものとみなされる場合の更新のことです。

この点、わが国では、不動産賃貸借契約は、基本的には更新条項が契約書に規定されていなくても、賃借人の選択で更新できることになっていますので、保証人としては賃貸借契約が更新されることを想定していたということになると思われます。

そのため法定更新の場合も、保証人は更新後の主債務者の債務についても保証する意図があり、改正民法の適用を受けないということになりそうです。

もっとも、法定更新の場合、更新後は、期間の定めのない契約となりますので、この問題が発生するのは、改正民法施行前に期間の定めのある賃貸借契約を締結し、改正民法施行後に、法定更新されたケースに限られます。ケースとしてはかなり限られると思います。

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